その1 「放課後の音楽室で抱いて」






ある日の放課後。


設楽先輩は音楽室へ向かっていた。

吹奏楽部が休みの日なので、いつものようにピアノを弾くためである。




それを知ってる同じ学年の男子生徒が投げかけてくる、

「よう設楽!今日は俺のためにリストの愛の夢弾いてくれよ!」

「あらやだずるーい!じゃあ俺はサティのあなたが欲しいよ!アタシの事を考えながら弾いてね!」

などというざれ言はものすごい勢いで聞き流す。

うざい。





音楽室へ着くと、すばやく内から鍵をかける。

半端じゃなくうざい。





ため息をひとつつき、ピアノへ向かう。

と、ピアノの譜面台に白い封筒が置かれている事に気がついた。



こじんまりとした、丁寧な字で、『設楽先輩へ』と書かれている。

こういったものは、過去にいくつも貰った事がある。

内容も大体見当がつく。

それに対する自分の返答も決まっている。



だがしかし、思春期真っ只中の設楽先輩。

それを読まずに破り捨てる、などということは出来ない。


何度こういう場面に遭遇しても慣れないものだ、と、

ちょっぴりドキドキしながら、白い清楚な封筒を開いた。









……。







SHINE(輝け)よあのメガネ野郎。








一方その頃、職員室。

ここにも設楽先輩のピアノが聴こえて来る。

それは生徒会の報告書を提出に来た紺野先輩の耳にも届いた。

今日はいつものショパンのバラード第1番とは違うようだ。




紺野「氷室先生、これはリストの曲ですか?」

氷室「そうだ」

紺野「超絶技巧練習曲ですか?」

氷室「おしい。練習曲の、

怒りをこめて、だな」





しばらくして。



迎えの車が来る時間になり、設楽先輩はピアノの練習を終え急ぎ帰り支度を済ませ昇降口に向かう。

下駄箱を開けると、そこにはまた白い封筒が入っていた。

『聖司くんへ』と書かれている。

さすがの思春期真っ最中の設楽先輩も、

何のためらいも無く無表情でそれを真っ二つに引き裂きゴミ箱へ叩き込んだ。

これでいいのだ。






次の日、朝一番に設楽先輩は紺野先輩の教室へ行き、

昨日の二通の手紙のことについてこの上なく不快である、と伝えると、

紺野先輩は、いや、下駄箱のは知らないよ、と言った。




なんということだ、下駄箱の手紙は純然たる恋文であったかもしれないのだ!

いや、手紙ひとつ、読んだところで自分の中で何が起きるわけでもないことはよくわかってはいるが、

読み逃したのが、誰かのせい、ことのほか紺野のせいであるとなると話は別だ。非常に腹立たしい。

なにかもうあの手紙を読んでさえいれば、自分の中でパラダイムシフトが起こった気さえしてくる。




設楽先輩は紺野先輩に向かって、それもこれも全部お前のせいだろうと声を荒げると、







紺野「やだなあ、御自分の粗忽が原因で招いた事を人にせいにしないで頂きたいなあ。
ていうか、読みもせずに手紙を捨てるなんて、人としてちょっとありえないよ?

やっぱりSHINEよこのメガネ野郎。



設楽先輩は紺野先輩に、昨日からの一連の出来事は最高に不愉快であり、もうお前の顔は見たくない、

メガネを見ただけでもお前を思い出して胸が悪くなる、メガネは一生日陰にいろ、あと、

レッドサーキットは死んでも観ない、と伝え、自分の教室へきびすを返したところで、

「メガネ者は今や日陰者じゃないんだぞ!それにレッドサーキットを観られない人生、僕ならいっそ死ぬね」、

という紺野先輩の言葉を背中で受け、心底どうでもいいと脱力した。





おわり。









おまけ



破り捨てた手紙。


読まずに捨ててよかったっすよ。




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2010/07/19

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